木村家、式守家


スポーツ

 今週の日曜日、両国国技館まで大相撲千秋楽観戦に行って来た。席は1階正面の前から2列目のマス席(4名用)で、観戦するには申し分ない所。

 マス席で観戦するようになって、かれこれ10年になる。行けなかった年もあったが、年3回の両国場所千秋楽観戦は今も続いている。

 ただ、当たり前だが人数がかけてもマス席の料金は変わらないので、いつも4名確保するのに苦労している=3

 1度だけチケット購入元のご厚意により、3人分の料金で済ませていただいたこともあったが、お恥ずかしい限りである。


 さて、タイトルは相撲の行司家の話。相撲に興味がない人でも木村庄之助、式守伊之助の名前を一度は耳にしたことがあるかな?

江戸時代までは複数の行司家があったようだが、現在は木村家と式守家の二家だけとなった。

 木村家と式守家の違いに軍配の持ち方がある。木村家は手のひらを下に向けて軍配を握る(陰の構え・写真上)。一方、式守家は手のひらを上に向けて軍配を握る(陽の構え・写真下)。

 行司が「かたや白鵬〜白鵬〜、こなた日馬富士〜日馬富士〜」と、力士の四股名を呼ぶ時の軍配の持ち方で木村家か式守家が識別できる。

 また、かつては、軍配の形は木村家は卵型、式守家は瓢箪型と決まっていたが現在は全て卵型になった。(なかには瓢箪型に近い招福軍配を手にする行司もいる)

以上、ちょっとしたうんちくでした。
(-。-)y-゜゜゜

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