不知火型の横綱は短命なのか?

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 白鵬の登場により、巷で言われる『不知火型は短命』の呪縛から解き放たれた感じが強いが、なぜ不知火型の横綱は短命と言われるようになったのか、私見を述べてみる。

 先の投稿では、雲龍型うんりゅうがた不知火型しらぬいがたで、せり上がりの型が違うことと、注連縄しめなわの輪の数が違うことをまめ知識として記したが、雲龍型は10代横綱 雲龍久吉うんりゅうきゅうきち、不知火型は11代横綱 不知火光右衛門しらぬいこうえもんが考案した。

 しかし、正式に型の名前を付ける際に、よく調査していなかったことから、雲龍型と不知火型の名前が入れ替わってしまったという説もある。

 雲龍型は不知火、不知火型は雲龍だと、わたしの凡庸な頭ではこんがらがるので、本稿は『雲龍型=雲龍吉右衛門』『不知火型=不知火光右衛門』で話を進めることにする。

 そもそも、『不知火型は短命』のいわれは、玉の海の51代横綱昇進の時に、某相撲記者が不知火型だった43代横綱吉葉山を持ち出して、『不知火型は短命』と、表現したのがきっかけのようだ。

 吉葉山は土俵人生を襲った7つの悲運を乗り越え、33歳の遅咲きで横綱に昇進したが、当時の取組みは系統別総当たり戦(現在は部屋別総当たり戦)で、吉葉山が所属した高島部屋(2011年6月消滅・立浪一門)の系統規模が小さく、42代横綱鏡里と比べると強豪と対戦することが多く、悲劇の横綱と言われた。

 吉葉山在位中の横綱には、 東富士、千代の山、鏡里、栃錦がいたが、皆在位中に優勝経験があるのに対して、吉葉山は在位中1回も優勝することなく、在位17場所で引退している。

 因みに不知火型の白鵬は、吉葉山の孫弟子に当たる。また、エピソードとして、吉葉山は人違いから相撲部屋へ入門している。

 吉葉山の後に横綱に昇進したのは、栃錦、若乃花(初代)、朝潮(3代)、柏戸、大鵬、栃ノ海、佐田の山と続くがいずれも雲龍型で、その次の玉の海が不知火型だった。

 ひょっとしたら、某相撲記者は玉の海の横綱昇格の時、冗談で、「短命になるかもね」と、口走ったのかもしれないが、決定打のように玉の海が在位中に死亡したため、『不知火型は短命』が相撲ファンに定着したようだ。

 なお、『明治時代初期に活躍した、大坂相撲の横綱・不知火光五郎があまりの強さから妬まれて毒殺され、その怨念がある』という説もある。

 それでは、以下のデータを見ていただきたい。

<不知火型の歴代横綱一覧>
 ・11代 不知火
 ・22代 太刀山
 ・36代 羽黒山
 ・43代 吉葉山
 ・51代 玉の海
 ・53代 琴櫻
 ・59代 隆の里
 ・60代 双羽黒
 ・63代 旭富士
 ・66代 若乃花勝
 ・69代 白鵬
 ・70代 日馬富士
 計12人

<歴代横綱は72人(明石から稀勢の里まで)の型>
 ・雲龍型:41人
 ・不知火型:12人
 ・不明:19人
 ※雲龍型が不知火型の3.5倍弱多い

<優勝回数>
 ・雲龍型:327回(8.38回/ひとり)
 ・不知火型:65回(6.5回/ひとり)
 ※雲龍型が不知火型の5倍強多い

<横綱在位場所が短かった力士>
 1位:前田山(6場所)
 2位:*琴櫻(8場所)
 同位:三重ノ海(8場所)
 同位:*双羽黒(8場所)
 5位:*旭富士(9場所)
 6位:*玉の海(10場所)
 7位:*若乃花勝(11場所)
 8位:隆の里(15場所)
 9位:3代朝潮(16場所)
 10位:*吉葉山(17場所)
 同位:栃ノ海(17場所)
 計11名(*:不知火型6人)
 ※不知火型が雲龍型の1.8強多い
 ※前田山、双羽黒は在位中に不祥事を起こし廃業
 ※玉の海は在位中に死亡

<横綱在位記録>
 1位:北の湖(63場所)
 2位:千代の富(59場所)
 3位:大鵬(58場所)
 4位:白鵬(57場所)
 5位:2代貴乃花(49場所)
 6位:曙(48場所)
 7位:柏戸(47場所)
 同位:輪島(47場所)
 9位:朝青龍(42場所)
 10位:千代の山(32場所)
 ※不知火型は白鵬のみ

!私見
 雲龍型と不知火型の比率は、
 ・型=3.5:1
 ・優勝回数=5:1
 ・横綱在位(短)=1:1.8
 ・横綱在位(長)=9:1
 だった。

 型の比率をベースにすると、やはり不知火型は短命と言われても否めない結果になったが、不知火型の横綱には、
 ・22代 太刀山(在位8年(14場所)・優勝11回・56連勝)
 ・36代 羽黒山(在位12年(30場所)・優勝7回・32連勝)
 ・69代 白鵬(現役(57場所)・優勝37回・63連勝)
 と、短命とはほど遠い好成績を挙げている横綱もいることは付け加えておく。

どすこい!
(-。-)y-゜゜゜