気になるBGM

音楽

 10年前に民法で放送したドキュメンタリー作品「余命1ヶ月の花嫁〜千恵さんが残したもの〜」が、動画サイトにアップされていたので、今更に見てしまった。内容は割愛します。視聴したい人は文末にリンクを貼っていますので、そちらからどうぞ。

 映画、テレビドラマ、バラエティ番組で、BGMで流れることがあるが、ときどき心に響く曲が流れたりすると、「聴いたことはあるけど、誰の曲?タイトルは何だろ?」と、そっちが気になってしまい、肝心の作品が頭に入らなくなることがある。

 冒頭の作品も、ある曲がBGMとしてしきりに流れていた。聴いたことがある曲なのだが、切なく、物悲しく、別れ、お終いを感じさせるこの曲のタイトルが分からなかったのである。知りたかったのである。

 通常、映画やドラマのオープニング曲やエンディング曲は、オープニング・クレジットやエンディング・クレジットに載るが、BGMは載らないことが多く、冒頭の作品もそうだった。

 興味を持つと、なんでも知りたがりで知らないと気が済まない性格のわたしは、自分で調べて、その曲がアンドレ・ギャニオンの「めぐり逢い」であることが判明したのだが・・・めぐり逢い!?

 何度この曲を聴いても、メロディーとタイトルの「めぐり逢い」が関連づかない。どんなストーリーを展開設定し構成すれば、この曲が「めぐり逢い」であると頷けるのだろうか。

 例えば、波乱万丈の人生を送り、いよいよ終焉を迎える人が、自分の過去を回想し、思い出の数々が、走馬灯のようにゆらゆらと頭の中に映っては消え、映っては消えを巡らしていくシーンで、この曲はマッチングすると思うが、「めぐり逢い」では意味不明だ。

 例えば、長年連れ添ったパートナーが亡くなり、そのパートナーとの数々の思い出が次から次へとオーバーラップを繰り返し、涙するシーンで、この曲はマッチングすると思うが、「めぐり逢い」ではない。それは惜別だ。

 やっぱり、シャンソンのフランス人と演歌の日本人とでは、根本的な音楽感性が違うのだろうか。と、思っていたら、原題は「Comme au premier jour」となっていた。

「Comme au premier jour」を日本語に訳すと「初めての日のように」になるらしい。

「初めての日のように」かぁ・・・何となくストーリー展開ができそうな感じだ。

 例えば、キャストは2人で、若い男女・親友・仲の良い兄弟姉妹のなんでもいいのだが、何らかの理由で相手と絶交し、連絡も取るこなく疎遠になり、それぞれの道を歩む。

 そして、数十年の歳月が経過したある日、家の掃除をしていたら、絶交する前に撮った相手とのツーショットの写真が出て来る。その頃には、相手に対して当時のわだかまりは無くなっていて、反対に今どうしているんだろと、思うようになっている。

 それからしばらくしたある日、旅行先または出張先の道を歩いていたら、その相手とバッタリ再会する。あまりにも突然の再会だったので驚き、足が止まり不安になる。

 しかし、相手はニコニコ笑いながらこちらへ近寄ってきて、
「元気そうだね」
 と、話しかけてくる。相手も当時のわだかまりはなくなっていた。

 ここで、BGMスタート!

 ふたりは近くの喫茶店で、お互いに近況を話し、絶交する以前に戻り、当時の思い出を、淡く、懐かしむようにして「初めての日のように」会話をして、また会えることを約束して別れる。決して「めぐり逢い」は似合わない。強いて言えば「再会」かな。

 ありきたりのストーリーで、「こんなん、ボーツ!」と言われるに決まっているが、「めぐり逢い」よりは「初めての日のように」の方が、遥かにシックリくるし、マッチングすると思うなぁ。

 なんで、日本語訳を「初めての日のように」と、そのままのタイトルにしなかったんだろ。どこのどなた様が日本語訳タイトルを「めぐり逢い」にしたんだろ。

 この曲が作られる以前に、シャンソンで同タイトルの「Comme au premier jour(初めての日のように)」があり、日本でもアマ・プロ多数の歌手が歌っているようなので、これと区別するために敢えてタイトルを「初めての日のように」にしなかったのかなぁ。

 五木ひろしの「そして・・・めぐり逢い」は、シックリくる。

(-。-)y-゜゜゜

アンドレ・ギャニオン「めぐり逢い」Andre Gagnon

Jacqueline Boyer – Comme au premier jour – 1960

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