文章で伝える難しさ

備忘録

 文字には感情がない。故に文字を連ねた文章で感情を伝えるのは難しいのである。脳は第一に文章を理解するので、親しい間柄でも相手の感情を理解し難いときがあり、投稿に対してどうコメントすればいいのか戸惑うことがある。面識のない相手になると性格や、ときには素性も分からないので尚の事である。

 また、投稿者以上の喜怒哀楽の感情を抱いたコメントをして投稿者を困惑させたり、ちょっとしたコメントから齟齬が生じ、修正すればするほど、訂正すればするほどどつぼに嵌まり、あらぬ方向に逸脱することもあるのである。

 これに対して会話は、相手の外見・表情・声質・話し方や身振り手振りの仕草を含めて話を聞くので、相手の感情を理解し易い。したがって、会話では話が食い違いそうになっても、その場で修正ができれば、ちょっとした言い過ぎがあっても、訂正することもできる。相手の表情や態度を察して、言葉を選ぶこともできれば、話題を変えることもできる。一緒に喜ぶことも悲しむこともできるのである。

 わたしのSNSコメント・メッセージ失敗談を話すと、一度だけお会いした人、正確には相手はわたしのことを覚えていたが、わたしは相手のことを全く覚えていない、つまるところ知らない人の部類に属する人とmixi友達になったことがあった。そして、その人の投稿に全く悪気も悪意もない冗談を一言コメントしたら、その人はそのコメントが相当腹立たしかったらしく、わたしを友達から解除し、わたしのコメントが酷いと他の友達らに同意を求めたのであろうコメントをし、同調する人たちのコメントで、いわゆる炎上とやらになったそうだ。

 わたしは、後日そのことを知り、驚きとモヤモヤっとした気持ちではあったが、わたしが相手の感情や性格を理解できなかった故に、相手を不愉快な思いにさせたのは事実。不本意ながらも百歩譲ってその人に謝罪メッセージを送り許してもらったが、以降友達になることはしなかった。

 また、Facebookを始めた頃、とある地方都市の地元で有名な大型スーパーに行ったことを投稿したら、Facebookで友達になったその土地に住む女性から、
「私もその時間帯そこにいました!」
 と、喜々としたコメントをいただき、その後、その女性からメッセージがちょこちょことくるようになり、毎回わたしの仕事、趣味、嗜好、興味などを質問してきたので、
「まるで警察に職務質問されているみたいですね(笑)」
 と、冗談のメッセージを送ったら、
「そんなつもりで聞いていません!」
 と、お怒りモードの返信があり、それっきりメッセージが来なくなったことがあった。
「芸能レポーターの質問攻めに合う、アイドルになった気分です。うれP」
 とでも送っていたら、相手の受け止め方も違ったのかな。

 また、友人のFacebook投稿に写真付きコメントをしたら、
「あの写真は載せて欲しくなかったなぁ」
 と、メッセージが届き、即削除したこともあった。

 また、気さくで話も面白く、下ネタもへっちゃらの地元の知り合いのFacebook投稿に、いつもの乗りでコメントを入れたら、
「Facebookでは不特定多数の人たちとの交流を楽しんでいます。地元の乗りのコメントはお控えください」
 と、冷ややかなメッセージをいただいたこともあった。

 会話に比べ、文章で気持ちを伝えるのはほんとうに難しいものだ。一言コメントを入れるのも躊躇することがある。コメントを入力していて、相手がどう思うのか、どう受け止めるのか不安になり、コメントをやめることもある。結果「いいね!」か、当たり障りのないコメントばかりになってしまうが、想定外の火種を作らないのでそれでいいだろう。

 最後に、本稿は文章と会話との違いを述べている。直筆やテーマ(人物・風景・建物などの対象物や事象等)のある文字、芸術性を求めたデザイン文字には感情があるだろ、と言われるのなら、本稿とは性質が異なるのでご容赦いただきたい。
(-。-)y-゜゜゜