白髪抜き

思い出

 年々、髪の毛のみならず、ひげも鼻毛も下野家も白髪しらがの比率が増しているわたしだが、鼻白髪を抜いていると、時々子どもの頃に母の白髪抜きをしたことを思い出す。

 白髪を1本抜くと5円貰えた。ラーメン1杯100〜120円、タクシー初乗り130円だった、今から半世紀近く前の小学低学年の頃のことだ。

 当時を振り返ると、学校が終われば、急ぎ家に帰り、ランドセルを置いて、母から30円のお小遣いを貰い、家を飛び出すようにして遊びに行った。

 空き地で野球をやったり、公園や神社で缶蹴りやメンコをやったり、汚ったねぇ川だったが、マッカチン、ドジョウ、タニシを捕ったり、友だちの家の周りで銀玉鉄砲で撃ち合ったり、団地でローラースケートをやったり、チャリンコで市内探索をしたり、原っぱで捨てられたエロ本を見つければみんなで興奮して見たり、友だちの家で卓上ゲームをやったり等々、リアルアナログの放課後を楽しんでいた。

 母から貰ったお小遣いは、駄菓子屋でびた一文残さずに消えた。駄菓子屋には5円商品もあったが、30円だと欲しい遊び道具や食べ物・飲み物は全て買うことが出来ず、いつもどれにしようか決めて買っていた。

 当時の母の年齢は30代後半。

「見えるところだけでいいわよ」

 と、言われて白髪を抜いていたが、本数は精々5本だった。それ以上抜こうとすると、

「そんなに抜かなくていい」

 と、抜くのを止めさせられた。

 これには理由があり、一度だけ白髪を10本抜いたことがあり、母は渋々わたしに50円を支払った。1円単位で家計の遣り繰りをする主婦にとって、50円は手痛い出費だったのだろう、これ以降用心していたようだ。

 よって、白髪抜きの臨時収入は20円前後だったが、それでもこれで駄菓子屋で何か買えると思うと嬉しかった。

 ところがある日、母からいつものように白髪抜きを頼まれると、わたしは断固拒否したことがあった。

「抜いてくれる」

「嫌だ」

「抜いて!」

「嫌だ!」

「抜きなさい!!」

「い、や、だ!!」

 と、言う具合に。

 なんでそこまでして拒否したのかは、今となっては全く思い出せない。1本抜けば5円貰えるのに、わたしは頑なに拒否したのだ。

 当て推量だが、恐らくこれといって今すぐにお金が必要ということもなく、当時から貯金貯蓄守銭奴にはご縁がなく、宵越しの銭は持たねえわたしは、単にその時は白髪抜きが面倒臭かっただけだったのだと思う。

 しかし、母は我が子に舐められてたまるものですかと、思ったかどうかは知らないが、よほど白髪を抜いて欲しかったようで、

「ねえ、1本抜いたら10円あげるよ」

 と、単価を大幅アップしてきたのである。

 わたしに50円を支払った、もう懲り懲り経験をしたはずの母の金銭感覚と学習能力はよく分からないが、わたしの瞳孔が開き、挙動が変わったのは申すまでもない。
「1本10円!?」

「そう、1本抜いてくれたら10円あげるよ」

「ほんとうに1本10円だね!」

「シツコイねぇ、1本10円」

 念を押して単価を確認したわたしは、水を得た魚のように生き生きとして母の傍に行き、いつものように見えるところの白髪を毛抜で抜き始めたのだが、5本までしか抜かせて貰えないので50円にしかならないことに気がついた。折角1本10円になったのだから、もっと抜いて稼ぎたい。

 そこでわたしは、母を言いくるめることにした。

「見えない白髪も風が吹けば見えてしまうから、抜いた方がいいよ」

「短い白髪は、長くなる前に抜いた方が太くならなくていいよ」

 と、適当なことを言って、母をたぶらかそうとしたのだ。

 すると、母はそれを真に受けたのか、髪の毛を猿の毛繕いのようにして、念入りに白髪を探して抜き取ることを許したのである。

 今思うと小学低学年のわたしの口車に乗せられた母の精神年齢、知能レベルを疑ってしまうが、そんな母の了承の下、この時わたしは長短20本もの白髪を抜いたのである。1本10円だから、20本で200円だ。

 母は20本も抜かれるとは思っていなかったようだ。困ったようなもじもじとした仕草になり、わたしに媚びるような表情をしてニコッと微笑みながら、

「短い白髪もあるから、100円でいい?😅」
 と、ディスカウントを申し入れてきたのである。

 いや、200円を半値の100円にまけろと言っているのだから、契約を反故にした不条理なダンピングと言った方が正しい。

 第一、白髪が長かろうが短かろうが1本は1本じゃないか。
「200円!」
「100円!」

 と、言い合いになったが、最後は根負けした母が折れて、苦虫を噛み潰すような顔をして、財布から100円玉2枚を取り出すと、チッって感じでわたしに渡した。

 母にとって、200円は散財だったようだ。1本10円にしたことを相当後悔したようだ。

 母はこの出来事を、誰かに話さないと気が済まなかったのだろう。ママ友に話すと、

「1本10円なんてありえない!5円だって高いわよ。うちなんか1本1円でも(息子が)よろこんで抜いてくれるわよ」

 と、言われ、母はママ友のこの言葉にショックを受けたようだが、同時に助言にもなったようだ。

 早速、母はわたしに、

「これからは1本1円よ、それ以上は出さないから」

 と、大幅値引きをしてきた。

「1本10円じゃないと抜かない」

 と、わたしが言い返すと、母は、

「××くんは、1本1円でもよろこんで抜いてくれるそうよ」

 と、自分に都合のよい実例として、ママ友の息子(わたしの友人)を持ち出してきたが、

「ぼくは、××じゃない!1本10円」

 と、応酬すると、

「ダメ、ダメ、ダメ、1本1円」

 と、母は一歩も引く気配を感じさせなかったが、わたしも一歩も退く気持ちがなく、諦めた母は、

「仕様が無いわねぇ、じゃあ1本5円でいいから」

 と、当初の単価を言ってきたが、1本10円の甘い汁を知っちまったわたしは、

「1本10円じゃないと抜かない」

 と、一歩も譲らなかったため商談は決裂した。

 そして、母は、

「もう、お前には頼まない」
 と、言わんばかりに髪の毛を染めることを覚え、後先考えずに我(が)を通したわたしは、臨時収入を失ったのである。

(-。-)y-゜゜゜

タイトルとURLをコピーしました