墓参りを終えて感じたこと

日常

 去る16日に両親の墓参りで冨士霊園(「冨」の字は、ウ冠ではなくワ冠)へ行ってきた。

 ほんとうは、15日に行く予定だった。しかし、自宅を車で午前10時15分頃に出発して、首都高速〜東名高速で冨士霊園へ向かったのだが、秦野中井付近の事故の影響から東名高速下りは大渋滞で、車は遅々として進まず、いたずらに時間だけが過ぎ、おまけに秦野中井ー大井松田間が通行止めになったため、一気に帰りたくなったのだ。

 妻も「明日、電車で出直そう。おしっこしたい」と、わたしと同様に気持ちが萎えていたので、冨士霊園へ行くのは断念して横浜町田ICで東名高速を降り、地元で買い物をして夕刻に帰宅した。

 電車での墓参りははじめてだった。自宅最寄駅から東京駅まで行き、東京駅から東海道線で国府津駅まで、国府津駅から御殿場線で駿河小山駅まで乗り継ぎ、駿河小山駅からは富士急バスで冨士霊園に到着した。

 敷かれたレールの上を走る鉄道は、車のように自由自在に進路を変えたり、どこでも乗降することができない不自由はあるが、車のように渋滞に巻き込まれることもなく、ほぼ定刻通りに運行するのでありがたい。

 余談だが、御殿場線に上大井と言う駅がある。女性の声の車内アナウンス「次は、上大井、上大井です」が、わたしの頭の中では「髪多い」に自動変換され、癇に障った。

 さて、宗教不問の冨士霊園は、総面積213ヘクタール(64万坪)、総区画数約7万区画と広大で、マンモス霊園団地と言ってもいいほどだ。

 園内会館前からは、東ルート、西ルートの園内バスが15分おきに巡回していて、どこの区画でも目的の墓近くにバス停があり便利で、墓周りの掃除・草むしりや花を植えるのも霊園側がやってくれるので助かる。

 会館前から園内バスに乗ると、妻は忙(せわ)しない。墓参りして何時の園内バスで会館前に戻れば、駿河小山駅行バスにすぐ乗れる。これに乗らないと駿河小山駅行バスを1時間待つことになる。と、もう帰りのことを話し出し、墓の前で妻は、
「お義父さん、お義母さん、来ましたよ〜」

 と、言うのだが、墓に水やって、花やって、線香やって、合掌を終えると、

「さぁ帰るか」

 なのだ。

 これは、宇治にある妻のご先祖の墓参りでも同じことが言えて、こちらは先祖代々21基の墓周辺の草むしりをやり、水、しきみ、線香、合掌を21回やる大変さもあるが、すべてを済ませると、妻はそそくさと片付けをはじめるのだ。
 わたしは両親の墓前では、そこにふたりの魂が居ようと居まいが、何を話しかけるでもなく、時間を気にせずに、ただぼーっと気の済むまでいたい気持ちになるのだが、両親が超〜健在な妻には分からないことだろう。

 ふと、わたしも独身時代に生前の母を連れて、年に1〜2回、車で墓参りに行っていたことを思い出す。墓で眠る父に何も話しかけないわたしに対して、母は何か話しかけていたような覚えがある。

 合掌を終えて、しばらくしてわたしが、

「帰るよ」

 と、言うと、母は、

「うん。それじゃぁね、お父さん。また来るからね」

 と、後ろ髪を引かれるように墓前から立ち去ることを惜しんでいたような記憶がある。

 ひょっとしたら、わたしが母の傍にいなかったら、母はもっともっと父に話しかけていたのかもしれない。わたしが傍にいる手前、それができなかったのかもしれない。

 あのときわたしは、気を利かせて、

「先に車に戻っているから」

 と、母ひとりを父が眠る墓前に残してあげればよかったのだ。

 この気持ちは生前の父に対しても同じで、両親への後悔の念に駆られた墓参りだった。

(-。-)y-゜゜゜