生まれも育ちも横浜市民

日常

 先週末、妻の仕事関係者ご家族、妻とわたしの6人で横浜で飲んだ。忘年会のこの時季、横浜駅周辺は人人人で溢れかえっていた。

 それにしても、横浜駅の工事は終わりませんなぁ。こっちの工事が終わればそっち。そっちの工事が終わればあっち。あっちの工事が終わればまたこっち。って具合だ。「1日も工事をしていない日があったかどうか分からない」と、言われるほど、横浜駅は開業から158年経っても工事が続いているようで、2030年には完了予定だが、果たしてどうなることやら。

 閑話休題。

 楽しい酒だと節操なく飲んでしまう。二軒はしごをして、船橋まで帰る電車はなくなり、わたしは、横浜駅から東京駅まで電車で行き、東京駅から自宅まではタクシーで帰る予定でいたが、ご家族の御大の、
「ホテルに泊まって行け」
 のひと言で、わたしと妻は、横浜のシティーホテルに宿泊することになり、
「ワシが呼んだ(誘った)のだから」
 と、わたしと妻の三軒の飲み代も宿泊代も御大が出してくれた。

 御大!ごちそうさまでした。ありがとうございました。お礼として出羽桜のお酒をお送りいたします。

 さて、一軒目は狸小路にあるカウンターだけのこじんまりとした『津軽みどり』で飲み、締めの三軒目もこのお店に戻って飲んだ。見た目70代のおかあさん(女将さん)と、娘さんなのかな?40代の女性のふたりでお店を切り盛りしていたが、娘さんは、生まれも育ちも横浜だと言ったので、わたしは会社にも横浜出身の男性技術者がいることを思い出した。

 以前、会社の飲み会でこの技術者に、
「神奈川県出身でしょ?」
 と、聞いたら、
「いいえ、横浜出身です」
 と、返され、
「神奈川県民だよね?」
 と、聞くと、
「いいや、横浜市民です」
 と、返され、
「横浜市は神奈川県下だよね、神奈川県民じゃダメなの?」
 と、聞くと、少し間をおいて、再び、
「横浜市民です!」
 と、この紋所が目に入らぬか!の勢いで返されたことがあった。

 わたしは娘さんに同様の質問をしてみた。すると、娘さんも横浜市民であることを強調するのである。

 まあ、寅さんも、
『わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です』
 と、東京を付けずに自己紹介をするので、
『生まれも育ちも横浜です』
 は、理解できる。

 しかし、寅さんは劇中のセリフで、
『東京は葛飾柴又よ』
 と、東京を付けることもあり、自分が都民であることを告げているが、くだんのふたりは、遠回しに神奈川県民ではないと言っているのだ。

 辻褄が合わないことだが、ここまで堂々と言い張られると、これ以上問うのは野暮、諸刃の剣だ。説得の余地がないが、元々、横浜市(一部を除く)は、武蔵国(東京都・埼玉県)に属していた。つまるところ、生まれも育ちも横浜市民はそのことを言いたいのだろうか。

 なお、横浜市南区の一部、港南区のほぼ中央から西側地域、金沢区朝比奈町、栄区、戸塚区、泉区、瀬谷区の一部は、旧相模国鎌倉郡になる。

 ところで、川崎市も旧武蔵国だ。川崎市内の武蔵小杉駅、武蔵中原駅、武蔵新城駅、武蔵溝ノ口駅、武蔵白石駅が、
「昔は武蔵国だったんだよ」
 と、ささやくように知らせている。

 しかし、わたしが知る何人かの川崎市出身の人たちからは、件のふたりのような執着は感じられなかった。

 やはり、横浜はブルー・ライト・ヨコハマなのだ。いしだあゆみ、綺麗だったよなぁ。

 変なとこへ着地しちまった💨
 (-。-)y-゜゜゜