『男はつらいよ』でモデルとなった団子屋

映画

 先週土曜日、妻と柴又の帝釈天経栄山題経寺たいしゃくてんきょうえいざんだいきょうじへ行ってきた。柴又駅から帝釈天まで続く参道は、平日にはない多くの観光客で賑わいをみせていた。参拝を済ませた後、帝釈堂の彫刻ギャラリーと庭園を拝観(有料)した(写真は庭園)。

 さて、柴又帝釈天と聞けば『男はつらいよ』の寅さんを否応なしに連想すると思うが、
「モデルとなった団子屋は高木屋老舗だよね」
 と、言い切るのは少々語弊があるようだ。

 モデルとなった団子屋は、亀家本舗→柴又屋(現・とらや)→高木屋老舗になる。とらやの店頭には『第1作から第4作まで撮影に使用したお店です。』と書かれた看板が置かれている。

 映画『男はつらいよ』第1作が公開されたのが、1969年8月27日 。これに先立ちテレビドラマ『男はつらいよ』が放送開始されたのが、1968年10月3日。

 テレビドラマでは、柴又を舞台にした話はないようだが、第1話のオープニングでは、
『生まれは葛飾柴又の帝釈天の産湯で育ち、姓は車、名は寅次郎、人読んで “フーテンの寅” と発します』
 と、お馴染みの口上を寅さんは言っている。

 山田洋次は『男はつらいよ』の脚本を手がけるに当たり、寅さんの実家に予定していた浦安を視察した。恐らく山本周五郎の長編小説『青べか物語』で描写されていた浦安(小説では浦粕)に惹かれてのことだと思うが、訪れた浦安は既に都市開発が進んでいて、山田が思い描いていたものがそこにはなく、東京に戻る途中に足を伸ばして帝釈天へ寄り道をした。

 たまたまだったんですね、帝釈天とその参道の雰囲気が山田が求めていた場所だったのだ。

 そして、テレビドラマでの団子屋は、帝釈天入口に一番近い、亀家本舗がモデルとなり、映画も亀家本舗を団子屋のモデルに予定していたが、映画第1作公開前に亀家本舗が木造から鉄筋に改築したため、映画では柴又屋がモデルになり、高木屋老舗は、スタッフ・キャストの休憩所や衣装替え等の柴又ロケの拠点として使用させてもらい、第5作から高木屋老舗が団子屋のモデルになった。

 なお、柴又屋が昭和末期に店名を『とらや』に改名したため、第1作から『とらや』だった団子屋の名前は、第40作以降『くるまや』に変わった。

 山田洋次は、全作品の監督と脚本を手がけていたと思いきや、第3、4作は脚本のみなのである。そして、第5作から監督復帰したときに、団子屋のモデルが高木屋老舗になった。

 なぜ、団子屋のモデルを柴又屋から高木屋老舗に変えたのか気になるところだが、寅さんに聞いたら、
「そんな昔のことは覚えちゃぁいないな、あばよ」
 とでも答えるのかな。
(-。-)y-゜゜゜ 

▼とらやと柴又屋の関係(本文中ほどから)
http://kakutei.cside.com/food/takagiya.htm
▼帝釈天題経寺
http://www.taishakuten.or.jp

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